入試・テスト関連

◎英語教育を機能させるには

①本来『学習指導要領』の記述は到達の「目標」であり、②その目標到達の為に教材選択やシラバス、ティーチングプランが作られ、③その目標の到達度を評価(テスト)する。その評価を基に、教材・シラバス・ティーチングプランの改良、教育環境の改善へと具体的に進めていくことが可能となる。①②③は三位一体で、切っても切り離せない。

日本の英語教育では、例えば①の『学習指導要領』の「英語表現」では、発音、対話、スピーチ、プレゼンテーション、ディベートのそれぞれの項目に目標が示されているが(到達目標としてはかなりハードルが高すぎると思うが)、③の評価がゼロかかなり貧弱であり、②の日々のクラス活動が混乱していると思う。

文科省としては、①の『学習指導要領』から③『評価』がお互い同士で矛盾し合っている状況を何とかすべく、最近いろいろな方針を打ち出して来ている。方向性は今までやってこなかった「スピーキングのスキル」の評価の導入。

・基本クラスでは英語を英語で教える(2013年)
・CAN-DOリスト製作(2013年)
・中学・高校へのスピーキングを含んだテストの導入方針(2015年)
・英語の大学入試にスピーキングを含んだテストの導入方針(2020年)

文科省主宰でCAN-DOリストの作成導入された理由は、「英語の基礎をつける」といった抽象論から「英語で実践的に何が出来るか」といった具体論へ転換させたい意図が伺える。よく言われる「学校は英語の基礎を付けるところ」といった表現は、余りにも漠然としている分、この語の使用者それぞれで解釈がまちまちになる。抽象的過ぎて『学習指導要領』の目標の欄には書けないし、より具体性が求められるシラバスにも当然書けない(具体的ということであれば、ACTFL言語運用能力基準には10段階のレベルが細かく定義されている。それぞれの段階に+-を利用すれば30段階となる。ヨーロッパ共通参照枠の利用なども・・・)。

この肝心のスピーキングスキルの評価が貧弱であるという問題は、学校の英語プログラムだけでなく民間の英語プログラムでも当てはまる。日本の英語教育界に何が起こっているかというと、日々「画期的な」英語教育法、英語習得法が新たに生み出され続けるという現象が続いてしまっている。日本人の英語力はこの大変な英語ブームの中ほぼ横ばい。アジアでは最下位グループが定位置だと指摘され続けている。公教育では生徒の英語力はむしろ下がってきていると指摘されることも少なくない。

結論

英語の大学入試にスピーキングのテストの導入はもう待ったなし。それにより、学生指導要領に掲げられている①「目標」、その目標を達成するための②「カリキュラム」、その究極の③「評価」である入試に一貫性が生まれる。現状では①と③が互いに矛盾している。その結果②カリキュラムが大混乱を来たしているという状況で、それは生徒にとっても先生にとっても大変不幸なことだと思う。一刻も早くスピーキングを含めた英語の4スキルをバランスよく評価できる入試を導入して欲しい。

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